概要 †
エルタニャ及びオモレア諸邦連邦(Federation of Ertanya and Omorea Nations)とはエルタニャを始めとしたオモレア地域に点在する諸国家同士の緩やかな連邦。
盟主はエルタニャであり、連邦の首都もエルタニャの首都と同じである。
国名 †
「エルタニャ」は連邦の中で最有力とされる勢力で、連邦の盟主である国家。
「オモレア」は連邦の統治する地域の名称。「オモレア諸邦」でエルタニャを含めたオモレア地域に存在する各国家を示す。
エルタニャをわざわざ独立させて表記しているのは、建国前にエルタニャが別の国家として独立するという案があったからとされる。
そのため略して表記する際には「オモレア連邦」や「オモレア」が適切とされ、漢字で表記する際には「和模礼阿」で、一文字で表記する際には「和」とするのが適切とされている。
歴史 †
第一バヤンウブル・カガン国の侵入 †
第一バヤンウブル・カガン国の侵入以前のオモレア地域には長い文章を書き残すという文化があまり発展しておらず、そのためこれ以前のオモレア地域の歴史は地域の伝承や簿記、日記などの断片的な証拠によってしか判明していない。
後世にこれらの時代の歴史書なども作成されたが、それも現代から推測されるおおよその歴史とそう多く変わっていない。
第一バヤンウブル・カガン国が侵入してくるまでのオモレア地域には王国から現地の富豪の私的領土まで大小様々な国家が点在しており、お互いに影響力を及ぼしつつも特に大きな出来事はないまま経過していたようだ。
しかし第一バヤンウブル・カガン国が急速に拡大し始めた時にオモレア地域に目をつけたことによって戦争が勃発。国力のない小さな国々は瞬く間に併合・または傀儡化されていき、最終的にオモレア地域全体が勢力下となってしまった。
第一バヤンウブル・カガン国の衰退 †
しかし第一バヤンウブル・カガン国が衰退するとオモレア地域でも独立を目指そうとする動きが活発化し、最終的に様々な小国が分立する状態が復活。この間にオモレア地域には大量のバヤンウブル族由来の語彙が輸入された。
その後オモレア地域ではボルスターン王国が急速に拡大し、一時はオモレア地域北部全域を治めるほどにまで拡大したが、後述の出来事により統一には至らなかった。
イェスン・カガン国の侵入 †
当時のオモレア地域はボルスターン王国によって統一されようとしていたが、オモレア地域の南で拡大したイェスン・カガン国がオモレア地域に侵入し、南部の多くを勢力下に入れた上、さらに北部地域にまで圧力をかけ始めたためボルスターン王国による統一は当分先に持ち越されることとなってしまった。
その後すぐにイェスン・カガン国とボルスターン王国による戦争が勃発し、ボルスターン王国の総力を挙げることでどうにかイェスン・カガン国を南部から叩き出すことには成功したが、国内が荒廃してしまいすぐにボルスターン王国は分裂。
結局ボルスターン王国によってオモレア地域が統一されることはなかった。
テゲル・カガン国の侵入 †
イェスン・カガン国の侵入後のオモレア地域ではエルタニャが持ち直した以外は特に大きな国が生まれることなく経過していた。
しかし再びオモレア地域の南で力をつけたテゲル・カガン国がオモレア地域に侵入し、オモレアの平和は3度に渡って侵されることとなった。
この侵入に対し当時の北部の3大国家だったエルタニャ、ボルスターン、ヒニロと山岳地帯の諸王国が連携して地形を利用し対処し、敵の大軍をどうにか大損害が出る前に押し返した。
この連携は当時のオモレア地域ではあまり考えられないことであり、また対立が激しかった山岳地帯の諸王国が一貫して協力していたことから奇跡として受け止められ、当時の主戦場となった地域の名前から「オーストルクの奇跡」と言われた。
様々な思想の流入 †
その後「オーストルクの奇跡」からしばらくして国内ではオモレア地域を統一しようとする思想が芽生え、それが徐々にオモレア地域の一体化へと繋がっていった。
しかし北部の3大国を中心としてオモレア地域をゆっくりと一体化させていた最中に国内では社会主義を中心とした様々な思想が蔓延。
結果的にそれが各地での王政の廃止や革命につながり、そのままオモレア地域を巻き込んだ内戦へと発展してしまった。
この内戦はそもそも革命が置きなかった国や、内戦勃発時に統一されていなかった地方などは参加しておらず、オモレア地域全体が争っていたわけではないが、それでも内戦の規模はかなり大きいものとなった。
最終的にエルタニャを中心とした穏健社会主義勢力が勝利した。
当初はかつての計画通りに中央集権的な国家が目指されていたが、各国の反対により挫折し現在の連邦結成へと至った。
地理 †
首都 †
民族 †
現代のオモレア地域には外来人類種、亜人種といった民族はおらず、在来人類種が100%となっている。
在来人類種 †
オモレア地域に住む人間は全てこの在来人類種である。
主にオモレア語を母語とするオモレア人の他、オボル語を母語としイェスン・カガン国を祖とするオボル人、バヤン語を母語とし第一バヤンウブル・カガン国を祖とするヴォルノ・タール人、ノギ語を母語としテゲル・カガン国を祖とするノギ族がオモレアにおける主要民族となっている。
その構成は以下のとおり
民族名 | 割合 |
オモレア人 | 65% |
---|---|
ヴォルノ・タール人 | 21% |
オボル人 | 11% |
ノギ族 | 2% |
その他 | 1% |
外来人類種 †
古来から現代に至るまでオモレア地域に於いて外来人類種が居住していた痕跡は一切存在していない。
ただしかつてオモレア地域に侵入した国々には外来人類種が存在していた可能性が指摘されており、間接的なものも含めて外来人類種から影響を全く受けていないかどうかに関しては疑問符が残る。
またそれらも含めてオモレア文化と外来人類種の文化を比較した場合に「偶然の一致」が見つかることも少なからずあり、本当にオモレア地域にこれまで何人たりとも外来人類種が存在しなかったかどうか現在盛んに議論が行われている。
亜人種 †
現代のオモレア地域には一切存在が確認されていないが、かつて存在していた痕跡は色濃く残っている。
山岳地帯の山岳方言には亜人種由来と思われる単語なども存在することから、おそらく古来には亜人種が存在していたが、その後何らかの要因でオモレア地域外へと移住したり、地域内において絶滅してしまったものと思われる。
遺跡の発掘調査などにより亜人種の痕跡は主に山岳地帯を中心に古代~中世に確認されることがわかっているが、特に在来人類種と亜人種の抗争や虐殺などが起こった痕跡がないことから、近現代のオモレア地域で亜人種が一切確認されなくなった原因はいまだ不明である。
オモレア地域外においてオモレア地域の亜人種に言及している古文書などは存在するが、目新しい情報などは入手できていない。
かつて存在した亜人種は主に10種類の民族がいた事が確認されており、そのうち1種は骨格や遺跡などから大まかな特徴や生活などが判明している。
その1種は上半身は一般的な人間、下半身は馬によって構成されており、遊牧民として生活しておりあちこちへと移動生活を送っていたようである。
このことからオモレア地域の亜人種は遊牧民であり、その過程でオモレア地域外へと移住していったとする説もあるが、定住していたと思わしき民族の伝承も有るために有力視されていない。
政治 †
連邦には各国家が共通して従うべき連邦憲法はあるが、連邦自体の法律はなく、構成国家同士がお互いに自国の法律を調整することで実質的な連邦共通の法律となっている。
また連邦憲法の他に構成国家にも憲法があり、主に連邦憲法ではぼかされたり表記されていない部分を、明確にしたり補ったりする形で書かれている。
中央政府が各国の法律や憲法に介入することは基本的に認められていないが、連邦憲法に違反すると認められる法律や憲法には非難決議をすることができ、各国の法律の違いにより混乱が生じた場合は調整を求めることもできる。
また各国は中央政府の介入や政策によって権利を侵害された場合、中央政府に直ちに改めるよう抗議できる。
連邦政府 †
連邦の行政府は内閣であり、その長である大統領が国家元首となっている。
内閣は主に議会で与党となった政党から結成されることとなっている。
議会の解散権を有している。
各国の法律の違いから混乱が生じた場合に調整を求めることもできる。
連邦の立法府は連邦議会と呼ばれ、選挙の際には各国によって定められた議席数が選出される。
しかし連邦自体の法律を制定することはできないことから、実質的には内閣と協力して行政権を行使する機関と化している。
定数は550議席。任期は6年もしくは内閣が解散した時である。
内閣の不信任決議をすることができる他、連邦議会の定数の増減などを決定することもできる。
連邦の司法府は連邦裁判所であり、内閣から指名された連邦裁判所長官がその長である。
各国の制定した憲法や法律、さらに連邦政府の行った政治が連邦憲法と違反していないか審査することができる。
違反していた場合連邦政府の場合は撤回や修正を、各国の場合は非難決議をすることができる。
政治政党 †
連邦の政治政党は多くの場合各国に跨って活動することは殆ど無く、したがって連邦議会には様々な国から様々な政治政党が出馬している。
そのため連邦議会では似たような政策を持つ政治政党が集まって大きな会派を作り活動することが多い。
連邦議会の与党は会派ごとに決められることがほとんどで、議会で最も多数派となった会派がそのまま内閣を結成するのが通例である。
しかしこの特殊なシステムから単独の会派が過半数を取ることはほとんどなく、そのため現在の議会では会派同士が合同で与党となる大連立を結成して内閣を結成している。
現在は保守民主グループ-オモレアファシズム同盟の2会派による「保守連立」が結成されている。
以下は主な会派とその構成政党、さらにそれらの議席数を表す。
保守民主グループ(КДГ/KDG) †
主に中道右派の保守的な政党による会派。
内戦において中立を貫いた国の政党が多い。
政党名 | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
エルタニャ民主党 | エルタニャ | 73 | エルタニャの与党 |
---|---|---|---|
ボルスターン保守党 | ボルスターン | 52 | ボルスターンの与党 |
オモレア保守党 | 山岳オモレア | 30 | 山岳オモレアの与党 |
ドプリ民主党 | ドプリ | 23 | ドプリの与党 |
ハクラニャ民主党 | ハクラニャ | 14 | ハクラニャの与党 |
ローヒ民主党 | ローヒ | 13 | ローヒの与党 |
立憲党 | イラバダール=ルリエスク | 12 | イラバダール=ルリエスクの与党 |
キシェール民主党 | キシェール | 8 | キシェールの与党 |
ドニエク保守党 | ドニエク | 6 | ドニエクの与党 |
立憲民主党 | エーダルネシク | 5 | エーダルネシクの与党 |
計 | 236 |
オモレアファシズム同盟(ОФА/OFA) †
主にファシズムを掲げる極右政党による会派。
中央集権化や既存の経済体制の是正を訴えている。
政党名 | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
オモレアのための選択肢 | 特に無し | 81 | トゥヒェン、ザダリの与党 |
---|---|---|---|
独立ヒニロファシスト党 | ヒニロ | 68 | ヒニロの与党 |
ヒラダールファシスト党 | 南北ヒラダール | 26 | 南北ヒラダールの与党 |
ハクラニャ国家社会党 | ハクラニャ | 9 | |
計 | 184 |
左派改革グループ(ЛГР/LGR) †
主に非穏健派社会主義政党による会派。
内戦において穏健派社会主義勢力と対峙したものもいる。
政党名 | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
ボルスターン人民党 | 44 | ||
---|---|---|---|
ヒニロ労働党 | 11 | ||
ポネグル社会党 | ポネグル | 4 | ポネグルの与党 |
ヒラダール労働党 | 南北ヒラダール | 2 | |
計 | 61 |
社会民主同盟(СДС/SDS) †
主に社会民主主義を掲げる穏健派社会主義政党による会派。
内戦において穏健派社会主義勢力が勝利したという経緯から連邦建国以来長らく国内での多数派となっていたが、政権での大失敗により少数連合へと転落した。
政党名 | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
エルタニャ社会民主党 | エルタニャ | 11 | |
---|---|---|---|
トゥヒェン社会民主党 | トゥヒェン | 4 | |
ボルスターン社会民主党 | ボルスターン | 3 | |
ヒニロ社会民主党 | ヒニロ | 2 | |
ヒラダール社会民主党 | 南北ヒラダール | 1 | |
ハクラニャ社会民主党 | ハクラニャ | 1 | |
カブイ社会民主党 | カブイ | 1 | |
計 | 23 |
オモレア自由の会(ОКС/OKS) †
主に中道左派の自由主義政党による会派。
社会民主主義とも中道右派とも違う無所属政党らによって結成された。
政党名 | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
エルタニャ自由党 | エルタニャ | 10 | |
---|---|---|---|
自由党 | 特になし | 4 | |
ローヒ自由党 | ローヒ | 2 | |
エーダルネシク自由党 | エーダルネシク | 1 | |
計 | 17 |
無所属 †
どの会派にも属さない政党やどの政党にも属さない議員。
無所属の間でも政策が非常に大きく違うことも多い。
政党名など | 主な支持地盤 | 議席数 | 備考 |
オモレアサンディカ党 | 特になし | 12 | カブイの与党 |
---|---|---|---|
無所属 | 17 | ||
計 | 29 |
構成国家 †
構成国家は連邦が結成された経緯から、君主制を取る国からそうでない国まで様々である。
またそれぞれの利害や主義、主張の差異からその政治形態でさえ必ずしも同一ではないが、連邦憲法では主に以下の3つの要素で構成されなくてはならないとしている。
・行政府
各国によってその呼び名も様々であるが、主に国内の行政を担う機関。
連邦と異なりこの長を直接選挙で選ぶ国もある。
・立法府
選挙によって選出された各国の法律を制定することができる機関。
この呼び名は全ての構成国で「国会」となっている。
・司法府
各国の制定した法律や行政が、各国の憲法に違反していないかを審査する機関。
更に連邦の行った行政が各国の権利を侵害するものかどうかも審査できる。
多くの場合その呼び名は「○○○(国名)最高裁判所」となっている。
国家一覧 †
- エルタニャ社会共和国
連邦盟主であり、構成国家の中では面積や経済力共に最大である。
民主社会主義を採用し、オモレア人に社会主義が浸透する地盤を作った国。
この国の首都は連邦の首都でもあり、国内経済を牽引する役割も持つ重要な役割を占める国家である。 - ボルスターン王国
連邦内の君主制国家では最大で、国内で2番目に面積や経済力が大きい。
かつて汗国の侵略の際傀儡国として残された国の1つ。
汗国の建造物が多く残る他、汗国からの移住者の子孫も点々といる国である。 - 山岳オモレア共和国
オモレア地域の山岳地帯に存在する国。
独立後山岳地帯に点在した私的領土や小国が合併することによって誕生した。
いわゆる「山岳方言」が強く、低地とはまた異なった農業が行われるなど特色ある文化を持っている。
内戦では中立を守ったため、国内では社会主義の勢力はあまり強くない。 - ヒニロ社会共和国
内戦においてエルタニャ率いる穏健社会主義勢力と激しく対立し、国内における急進的社会主義の先鋭となっていた国。
現在でも不発弾や弾痕など激しい戦闘の爪痕が色濃く残り、物々しい雰囲気を醸し出している。
内戦後エルタニャの監視のもと穏健社会主義が形成されたため政情は安定しているが、現在でも急進的社会主義の象徴として語られることもある。 - ドプリ王国
「ドプリ共和国」として独立し、その後王政復古した国。
独立以前は現在の王家やその知り合いの私的領土群に過ぎなかった。 - ヒラダール民主共和国
ヒラダールファシスト党の支持が根強く、連邦結成後から何度も連邦憲法を無視した強力なファシズム体制を実現させようとしては中央政府に非難決議される国家。
独特の「ヒラダール方言」と言う方言がある。
内戦でもエルタニャと対立しており、講和として南部ヒラダール共和国を分離独立させられている。 - 南部ヒラダール共和国
内戦後エルタニャによってヒラダール民主共和国から独立した国家。
独立後からエルタニャの監視のもと穏健社会主義が形成されたが、その当時の内閣の方針がヒラダール民主共和国(南部での呼称は北部ヒラダール)に友好的かどうかによってその穏健度合いもまた変動するため政情はあまり思わしくない。 - ハクラニャ共和国
- ローヒ共和国
- トゥヒェン王国
- キシェール共和国
- ザダリ共和国
- カブイ共和国
- イラバダール=ルリエスク共和国
- ポネグル共和国
- ドニエク共和国
- エーダルネシク公国
外交 †
宗教 †
オモレア正教会が69%、イスラム教スンニ派が20%、シャーマニズムが1%となっている。
オモレア正教会は外来人種の「東方正教会」の影響を受けていない独自のものだが、偶然の産物として教義などに類似点が見られている。
イスラム教スンニ派やシャーマニズムは主にカガン国が持ち込んだ宗教であり、主な教徒もその移民の子孫などが主流である。
これらの発祥などはよくわかっていない。
経済 †
数々の国家がある中、経済に関する事例は混乱を防ぐために基本的に内閣に統合されており、必要に応じて各国の行政府がそれを独自に補佐するという形になっている。
構成国家によってその特色は異なるため一概に言えないのだが、連邦経済は基本的に資本主義をベースとしているが、税金が高い代わりに社会保障が充実し、貧困層に対する資金援助や物資の配給も存在するなど社会主義的要素も多く取り込まれている。
ただし現在この取組によって連邦は財源の不足に陥りかけており、野党から猛攻を受けるなど懸念材料となっている。
産業 †
農業 †
温暖な気候であるため、小麦やトウモロコシの栽培が盛んに行われている。
比較的寒暖の差が大きく水はけのよい高原地帯においてはトマトやブドウの栽培も行われる。
牧畜は高原や山岳地帯などの急勾配な草原に放牧し行われ、肉牛・乳牛が主流である。
漁業 †
漁業はあまり盛んではないが、国内での漁は沿岸漁業が主流である。
企業などで大規模に漁を行うことはほとんどなく、個人単位で漁を行っている場合が多い。
工業 †
食品の加工業の他、金属の加工や製造などの重工業も盛んである。
主に自動車の製造や国内向けの建材加工が行われている。
現在これらの工場からの廃棄物による汚染が問題となっており、改善に向け様々な対策が行われている。
観光 †
軍事 †
陸軍 †
各国がそれぞれに独立した軍隊を保有しており、平時においてはその国が指揮権を保有している。
しかし連邦全体に関わる問題の場合には連邦の内閣総理大臣に指揮権が渡り、各国の軍は合同で「オモレア連邦軍」を結成し取り掛かることとなる。
海軍 †
文化 †
オモレア語 †
ルヴァースの言語分類に従うと北部グランイーラ語族のエルダニシア語派に属している。
この語派は外来人類種の「バルト・スラブ語派」に類似し、文法などで大きな類似点が見られているが、おそらく偶然の産物であるため言語研究などに用いられることはない。
言語としてはエルダニシア語派に類似するが、カガン国からの語彙の大量輸入やカガン国の言語との発音の混合から一概にエルダニシア語派と言い切れない雰囲気になっている。
現在でこそ標準語が存在し学校教育でも標準語が用いられることとなっているが、標準語が形成されるのは最近のことである。
古代から「標準語」と呼べるようなものはなく、中世以降もそれぞれの方言が乱立していた状態だったが、次第に諸国の交流が広がるにつれ方言ごとの違いが障害となり始めた。
そのため自然に「商業オモレア語」と呼ばれる通常の方言とは異なる諸国の方言がそれぞれ混ざった言語が形成され、それがオモレア地域の方言の異なる諸国同士の交流に使われた。
しかしこの商業オモレア語は同じオモレア地域でも場所によってやはり差ができており、オモレア地域の標準語としてはあまり相応しいとは言えなかった。
現在のオモレア語の標準語は連邦結成後にそれぞれの「商業オモレア語」を混ぜ、一部の語彙をエルタニャ方言の物に置き換えて形成されたものである。
古代にはオモレア地域には長い文章を書いて残すという文化はあまり発展しておらず、それらが積極的に行われるようになったのは第一バヤンウブル・カガン国から輸入されて以降である。
そのため主にオモレア地域で書かれる文学は初期は第一バヤンウブル・カガン国の影響を大きく受けた物が多く、完全にオモレア風の文学が成立するのは「オーストルクの奇跡」が起きる頃のことである。